炎上を防ぐ・成長に変える企業の新時代コミュニケーション

スマートフォンの世帯普及率が9割に迫り(令和3年版『情報通信白書』)、インターネットやSNSは世代を問わず身近になっている。特に、今後社会で活躍する若い世代は、幼少期からインターネットが当たり前の環境で育った「デジタルネイティブ」「Z世代」。消費者を取り巻く情報環境が変わる中、企業の情報発信もさらなる変革が求められる。

今後の展望を探ろうと、企業広報や「炎上」に詳しい帝京大学准教授・内外切抜通信社特別研究員の吉野ヒロ子氏と、毎日新聞社の社会部長、編成編集局長、取締役デジタル担当などを歴任し、Twitter等でも情報発信する小川一氏が対談した。

デジタル感覚に富むZ世代、
情報環境の危うさも

吉野 氏

──デジタルネイティブ、Z世代といわれる大学生を指導されています。デジタルの感覚にギャップを感じることはありますか。

吉野
今の大学生で興味深いのは、例えばInstagramの「ストーリーズ(Stories)」機能という、24時間で消えてしまう投稿が大変な人気ということです。私たちの世代ですと、「消える場所に書く」ことにすごく違和感があるのですが、学生たちは「残したいものはピックアップして、ハイライト(一種のスライドショー)にまとめれば良い」と言うのです。
最初は、エフェメラル系と言われるすぐ消えてしまうコンテンツを面白がるのがZ世代かなと思っていました。しかしZ世代の特徴は「編集」に親しんでいることではないでしょうか。
自分が生活している中で撮り貯めたものからピックアップして、“カフェシリーズ”みたいなハイライトを作ったり、いつもいる友達“いつメン”ハイライトを作ったりと楽しんでいる。「インスタ映え」もそうですが、デジタルのデータを編集して、その中から自分らしさを見つけていく世代なのかもしれません。
小川
私も毎年大学で講義を持っていますが、学生たちはSNSのアカウントをいくつも持っていることに驚きます。多い人となるとInstagramだけで13とか持っている。Twitterにしても、ネットの中でキャラクターを使い分けられていることに感心します。
そして炎上しないための書き方や、仲間内で誰と誰に見せるかなどをきちんと理解しています。自分自身を守る術は、大人が考える以上にできているなあというのが印象です。

──情報の取得方法の違いは感じますか。

小川
6年ほど前までは、大学の講義で「家庭で新聞を取っている人は」と聞いて誰も手が上がらないことに驚いていました。みんなYahoo!やLINEのニュースで情報収集していました。2年前に改めて驚いたのは、「ヤフトピ」(Yahoo!ニュース トピックス)という言葉も知らない学生が増え、YouTubeでニュースを見る人がすごく増えていました。スマートフォンの中でニュースもドラマも自分の好きなYouTuberも並列的に情報摂取していることに、驚きと、私たち世代としては情報収集のあり方に危惧を覚えることは多いです。
吉野
この間100人ほどの授業で「世論をどこで感じますか」と聞きました。返ってきた中で、圧倒的に多いのがTwitterでした。学生の感覚としては、マスメディアは広告主などに忖度が発生するので、それよりもTwitterでみんなが重要だと思っているニュースを見た方が良い、という感覚らしいのです。しかし、SNSで得る情報も正しいものばかりではないですから、それだけでは怖いなあと思います。
小川 氏

──ネット情報との付き合い方は、今後のテーマになりそうです。

吉野
レポートを書かせても、入学当初はどうしてもネットの情報をフラットに見てしまう傾向があります。国の統計や、きちんとチェックが入っているメディアの情報と、まとめサイトのような虚実ある情報ソースを、ごちゃまぜにしてしまうのです。まずは1、2年生のうちに、信頼できる情報を見分けられるよう働きかけています。
先ほどお話しした授業では、1人だけ、家族で新聞を読んで話し合っているという人がいました。新聞は年代、階層関係なく知っておきたい情報がパッケージ化されており、効率的に信頼性のある情報にアクセスできる手段として優れています。
大学に進学する人ばかりではないので、高校までの間に、そういった感覚をもう少し身につけられる環境があると良いのですが。
小川
その通りです。小中学校からリテラシー教育をぜひ推進してほしいですね。同時に、先生たちのデジタルスキルも重要です。数年前、SNS上のいじめが問題になった時、スマホを使っていない先生も多く、そもそも起きている事態を理解できていないということがありました。時代に寄り添ってリテラシーを高めていくシステムが必要です。
吉野
企業もデジタルの使いこなし方で差が付いてきています。TikTokで人事部長さんがダンスを披露して話題になった企業は、「こういう会社があるんだ。楽しそうだな」と学生も認知して、就活時にも関心を持つようです。うまく情報発信していると、企業への信頼感、親近感につながることもあるのではないでしょうか。
小川
同じ画面、同じタイムライン、同じように見られて演じる立場を共有している仲間意識があってこそ、伝わる部分があります。この感覚は使ったことのない人に話しても、なかなか通じません。最初は恥を忍んででもやるべきかなと。

ネット炎上のメカニズム

──吉野さんは、ネットの炎上を研究テーマにされています。きっかけは。

吉野
大学院を出てから2014年に帝京大学に着任するまで勤めていた内外切抜通信社では、2012年からTwitterのクリッピングサービス(記事の収集・分析)を始めていました。社内で、Twitterの「リツイート」や「いいね」は、見たユーザーのリアクション、すなわち広報効果のアウトカム(成果)としてカウントできるのではないかという話になりました。それらを、同社でTwitterの分析を担当する小山晋一さんが「ツイート行動」と名付け、2013年、似たような話題でもツイート行動の比率が異なることを示した「広報効果測定におけるTwitter活用の可能性について」という論文を書かせていただきました。そこから研究を広げていく過程で、Twitterのデータを元にネット炎上を研究していくことになったのです。

──「炎上」はどのように起こるのでしょうか。

吉野
炎上に関係するTwitterの投稿データを見てみると、自然発生的にリツイートによって拡散されていくだけではなく、ネットメディアやマスメディアの報道が、拡大に関与していることが見えてきました。一度ネット上で騒ぎになると、ネットニュースになってより多くの人の目に触れ、するとマスメディアが取り上げて、いっそう燃え広がっていきます。そして皆が飽きるまで続くというのが炎上の流れです。
炎上はもはやネットだけではなく、社会全体の仕組みの問題なのだと感じます。個人が炎上した時、その後の人生に大きなダメージを受けてしまうという意味でも。それで拙著には『炎上する社会』とタイトルを付けました。
小川
炎上が社会現象になっていくのを分析されてきたのですね。私自身の最初のネット炎上体験は、2008年の春、講演で「新聞は和食のようにバランスのいい食事で、ネットはハンバーガーのようなジャンクフードだ」と話したことです。それが記事になった途端、ネット上で非難の書き込みが殺到しました。全体の論旨はネットの悪口ではなかったのですが、そこだけ切り取られると、どうにも制御できない状況になるということを経験したのです。
2010年にTwitterを始めてからは、自分自身の信条や正しいと確信している事実を発信しても、度々切り取られて、制御できないほどの攻撃をされる体験をしています。自らの痛い体験から防御策、ネット上での対話の心構えが必要だと考えるようになりました。
吉野
炎上の発端には、いくつかの典型的なパターンがあります。まず、飲食店のアルバイトが食べものや厨房機器を不衛生に扱った動画や、来店した有名人の個人情報をアップしてしまって炎上する「バイトテロ」。そして、食品への異物混入といった商品の不備を、企業や役所に苦情を言うのではなく、写真をネットに出して騒動になることもあります。
企業として気を付けなければならないのは、広告やウェブ動画、マーケティングコミュニケーションで炎上するパターンです。一従業員の不適切投稿のケースより、企業の落ち度と捉えられやすいのです。ウェブ動画はテレビCMに比べて低予算で公開でき、厳重なチェックが少ない分、見る人が見たら「これはいかがなものか」という表現が入りやすいでしょう。
特にターゲットとしていない人に見られた時、一気に燃え広がってしまうことがあります。ある意味で、炎上を完全に防ぐのが難しいのは事実です。ですから炎上した際の危機管理広報が重要で、速やかに対処できればむしろレピュテーション(評判)が上がることもあります。
小川
異物混入にしても、100%なくすのは不可能でしょう。過去に炎上した食品会社では、ネットが普及する以前は、異物混入があった際、所定の危機管理マニュアルに沿って適切に収拾できていたといいます。しかしネット・スマホの時代には、Twitterの投稿ひとつで古いマニュアルが破壊されてしまうのです。
吉野
消費者としては、商品に多少の不具合があっても、メーカーの相談窓口に電話してやりとりするのは正直なところ面倒です。それで手元のスマホで写真を撮り、こんな目に遭ったと知ってほしくて投稿する、ということがあると思います。企業の側で、お客さまからの問い合わせを、いつでもやりやすい形で受け付けます、という姿勢を打ち出しておくと抑止につながる可能性があるのではないでしょうか。
逆に、そうした投稿をした消費者側がネットで叩かれるケースも多く、そのリスクがまだ知られていないという怖さも感じます。
小川
新聞を含むマスメディアも、ネット炎上を取り上げすぎではないでしょうか。炎上の記事は、足を使って取材せずとも書くことができ、どこか対岸の火事と捉えているように思います。私自身も編集局長時代に、「炎上」という言葉をやめようとしたのですが、あまりにも多く、飲み込まれた反省があります。いずれにしても、メディアとして猛省するべき時期に来ていると思います。