炎上を防ぐ・成長に変える企業の新時代コミュニケーション

スマートフォンの世帯普及率が9割に迫り(令和3年版『情報通信白書』)、インターネットやSNSは世代を問わず身近になっている。特に、今後社会で活躍する若い世代は、幼少期からインターネットが当たり前の環境で育った「デジタルネイティブ」「Z世代」。消費者を取り巻く情報環境が変わる中、企業の情報発信もさらなる変革が求められる。

今後の展望を探ろうと、企業広報や「炎上」に詳しい帝京大学准教授・内外切抜通信社特別研究員の吉野ヒロ子氏と、毎日新聞社の社会部長、編成編集局長、取締役デジタル担当などを歴任し、Twitter等でも情報発信する小川一氏が対談した。

デジタル時代のマスメディア、
そして企業の発信は

──マスメディアもインターネット配信の機会が格段に増えました。新聞社のデジタル化を通じて、取材や記事作りはどう変わりましたか。

映像付きで報じるニュースサイト
毎日新聞デジタル」の記事
小川
私が入社した時は、銀塩フィルムのカメラを渡されて、ボールペンとマス目のない原稿用紙、メモ帳を持ち、煙草を下に落とさないように灰皿を必ず携帯する時代でした。デジタル化とともに、それらはすべてなくなりました。
報道においては、この数年で「動画がないと報道にならない」という時代になりました。その昔、事件をいち早く知るために一生懸命お巡りさんと仲良くなったものですが、今は110番より早く動画がSNSに上がっています。事件現場では、聞き込みより、まず防犯カメラの映像を取れという場合もあります。
注意したいのは、煽り運転の動画が炎上した事件のように、動画が目を引くからニュースが見られるという、価値の逆転が起きていることです。煽り運転、いわゆる車間距離保持義務違反は、2019年に約1万5000件(道交法改正前)も摘発されているいわばありふれたニュースです。しかし動画があることによって、そのうち1件が一面トップのような扱いになる。その意味ではデジタルの世界に今引っ張られつつあるので、どうやって冷静さを保って報道していくか、難しい時期に来ています。
 
毎日新聞のTikTokアカウント
(@mainichi_news)で反響があった
「ヒバクシャ2020」の投稿

──デジタルでのニュース配信で、読者目線の変化を感じますか。

小川
極論すれば、話題にならない、見られない記事は存在しないのも同然になってきて、そこにある程度合わせざるを得ない面はあります。
ただ、デジタルならではの注目のされ方もあります。毎年夏に、被爆者の方の証言を記事にしていますが、年を経るごとに読まれなくなっていました。ところが、TikTokに動画で投稿すると、めちゃくちゃに読まれたのです。若い人たちがものすごく関心を持ってくれて、信じられない思いでした。いかに発想を変えて出し先、出し方を考えるかで、新聞の価値も上下していくのではないかと痛感しているところです。
吉野
見せ方ひとつでそこまで変わるのはすごいですね。若い人が被爆者に無関心かといえばそうではなくて、工夫するとちゃんと見てくれて、そのことで新たに興味を持って自分で調べるようになる人もいるでしょう。

──企業が情報発信するうえでも参考になりそうです。

吉野
企業の消費者コミュニケーションも映えやすいトピックだけでなく、見せ方を工夫しながら裏側の努力なども伝えていくと、身近さや信頼感を普段から築いていくことができるでしょう。
企業の広報担当者に聞くと、ソーシャルメディアを活用する重要性を分かっていても、炎上が怖いから決裁が下りないというケースがあるようです。でも、既に多数の企業が公式アカウントを持つ中で、炎上に至るケースは多くありません。ぜひ取り組んでいただきたいと思います。
小川
企業が過剰に怖がっている部分はあると思います。ネットユーザーの反応に恐ろしさを感じることもありますが、例え失敗してもそのプロセスを開示して、早期に納得がいく謝罪や説明をできれば、むしろ理解され、評価されて、逆転の大ホームランになる場合もあるのです。そのぐらいチャレンジしていかないと、動いていく時代の中で、逆に取り残されてしまうかもしれません。

広報担当者は、
視点を増やし“身の回り”の感覚の広さを

──コロナ禍で、企業とメディアの関係性はどう変化したのでしょうか。

小川
良かったのは海外の取材、経営トップの取材がオンラインによって以前より容易にできるようになったことです。ただ、記事と写真が一体のものとして考えてきた我々にとって、オンラインでの取材が増え、取材現場で写真を撮れなくなることは大変問題です。他にも、災害現場の写真もSNSを引用することが増え、報道機関としての蓄積がなくなってきており、悩ましいところです。
吉野
企業の情報発信については、まずニュースリリースがカジュアルになっています。講義の教材として典型的なニュースリリースが欲しいのに、ニュースリリース配信サイトでは見つけるのに苦労するほどです。本来ニュースリリースはメディアに取り上げてもらうためのものでしたが、SNSで直接話題にしてもらうための作り方になっていますよね。
記者会見も、生中継化してしまいました。昔は記者会見をして、一列に頭を下げてフラッシュを浴びている一場面が切り取られてニュースに出ていたものが、2時間、3時間の会見全体が配信されていて、ずっと見ている人がいる。
小川
メディアが不在でも情報が流通する、またメディアそのものも姿が可視化され、評価される状況になりました。会見する側も会見を取材する記者にとっても、記者会見の運営はより難しくなっています。ある不祥事の記者会見では、司会者が記者にマイクを渡してしまい、テレビ局のレポーターたちが自分の番組で流すため、同じような質問を繰り返すことになりました。それで司会者が「同じ質問ばかりだ」と反発した場面が、また映像で流れてしまう最悪の展開になりました。事前の報道陣との約束事、時間厳守など、ルール化は危機管理部分で重要です。
そしてオンライン配信では、記者側も「あの質問はおかしい」と批判されることが多くなり、炎上も起きています。デジタル時代は、会見するほうも取材するほうも、ある意味で一体となって、その場を作っていくことが求められるでしょう。

──メディアのあり方が変わる中、広報担当者に必要なものは。

吉野
2021年10月の日本広報学会のシンポジウムで、これからの広報教育について議論がありました。アメリカなどでは広報を大学で学ぶ学生にはニュースリリースの書き方からみっちり教えるそうです。日本の環境ではそれよりも、広く世の中を見る教養と、勉強し続ける姿勢を持つことが一番大事だろうと思います。人間は、自分の身の回りの感覚を「常識」と考えてしまうので、意識して異なる視点を増やさなければ、良かれと思って言ったことが誰かを傷つけてしまいます。
炎上の研究を通じて多種多様な事例を見させていただいた中で、広報担当者だけが広報を分かっている状態は良くないと強く感じます。広報は自社が外からどう見えているかをしっかり把握して、社内に伝えるのも役割です。記者会見をどんなにうまく仕切っても、経営者の行動や発信ひとつでレピュテーション(評判)に傷がつくことがあります。
小川
国の外交政策について、日本の報道官は会見での発言ですべて終わらせます。しかし他国では報道官や外相、場合によっては大統領自らがTwitterで本音を言ったり、メイキング映像を見せたりして、正式コメントとの間にさまざまなレイヤーの情報発信を使い分けています。それも参考になるのではないでしょうか。
吉野
企業公式アカウントで成功する会社の違いを考えているところなのですが、運用する「中の人」はとても大切な要素です。いわば“身の回り”の感覚が広い人──さまざまな人の視点を親身に感じられる人が上手くいっている気がします。自ら情報発信しながら、好奇心を持って他の人の投稿を見て、自分以外の人たちがどう考えているのか、何を課題だと思っているのかを体感し蓄積することによって、良いコミュニケーションが取れるのではないでしょうか。
私自身も先日、ある食品のアレンジをネットニュースで知り、つい「これ食べたい」とTwitterに投稿したところ、その食品を作っている会社の社長さんに「大切なお客様」というリストに加えられて、ますます興味を持ちました。
小川
私が新人記者の頃は「この場の雰囲気を150字で書け」と訓練されたものです。今なら動画を使って15秒でパッと表せるような表現能力が必要だと思いますし、デジタルネイティブ世代はそれができる人たちです。新しい表現能力を持つ人を、企業もメディアも育てていけると良いですね。
以前、シャンプーの新興ブランドの成功例を取材しました。広告予算がないので、有名人に商品を使ってもらい、Instagramに上げてもらって、その画面を見せながら1店ずつ販路開拓し、その様子をまたInstagramに上げて……と認知度を高め、レッドオーシャンであるシャンプー市場を切り裂いたというのです。デジタルネイティブといえる若い方々が主導したもので、おじさん目線でやるよりも、若手に現場を任せることがますます重要と感じます。

──最後に、企業広報を担う方に向けて一言お願いします。

吉野
まずは炎上を怖がり過ぎないこと。とはいえ匙加減が難しい世界なので、特に人権問題関連については学び続けていくのがポイントです。うまくやれば、ビジネスの成功に結びつき、企業へのレピュテーションが高まり、人材採用の成功につながります。ぜひソーシャルメディアを用いた広報に前向きに取り組んでいただきたいと思います。
小川
数年前、オウンドメディアという言葉が流行しましたが、今は一人ひとりがメディアです。SNSで注目されたことをマスメディアが記事にするような流れもあります。ちょっとした知恵で“バズる”時代なので、希望を持って、情報発信してください。
  • 吉野 ヒロ子

    1970年広島市生まれ。博士(社会情報学)。帝京大学文学部社会学科准教授・内外切抜通信社特別研究員。炎上・危機管理広報の専門家としてNHK「逆転人生」に出演し、ビジネス誌等への寄稿も行っている。著書『炎上する社会』(弘文堂・2021年)で第16回日本広報学会賞「教育・実践貢献賞」受賞。
  • 小川 一

    1958年京都市生まれ。1981年毎日新聞社入社。社会部長、編集編成局長、取締役・編集担当、デジタル担当などを歴任。2021年7月から毎日新聞客員編集委員。現在は他に成城大学非常勤講師、インターネットメディア協会理事、ニューズピックス・プロピッカーなどを務めている。