「ご当地うどん」、SNS人気は意外なあのうどん

〜 情報収集のプロ集団が、うどん作りを初体験するまで 〜

メディアに掲載された情報のクリッピングを生業とする内外切抜通信社。

人力での仕事にこだわり、AIやコンピュータの目が届かない、顧客の「かゆいところに手が届く」情報を提供している。

さらに近年ではWEBやSNSのクリッピングにも進出し、データ分析も手がける。

テーマ設定からSNS分析に至るまで、内外切抜通信社のクリッピング術を追った。

プロローグ「切抜の日」

 2017年3月1日、新宿の片隅で、ある記念日を祝う集団があった。この日は日本記念日協会に登録されている「切抜(きりぬき)の日」。1890(明治23)年に日本初のクリッピング会社「日本諸切抜通信」が発足した日だ。

 この記念日の登録を申請したのが内外切抜通信社。クリッピング会社として創業し、今年で79周年を迎える。

 「クリッピング」とは何か?

 内外切抜通信社は、「新聞や雑誌、WEBニュース、SNS、テレビなど、あらゆるメディアの膨大な情報の中から、必要な記事を切り抜いて抽出すること」と説明する。

 「あらゆるメディア」とは?

 内外切抜通信社では、約2,000の紙媒体と、約3,300のWEB媒体をクリッピングの対象としている。

 内外切抜通信社のクリッピングの強みのひとつに、多種多様な地方紙を取り揃えていることが挙げられる。その数は109にのぼり、北は「釧路新聞(釧路)」から南は「八重山毎日新聞(石垣)」まで(ちなみに東は「東京新聞(東京)」で西は「八重山毎日新聞(石垣)」だ)、ありとあらゆる地方紙を社に取り寄せている。一地域ごとに手厚く地元紙を扱うのも特徴。今年の大河ドラマの舞台は静岡県だが、「静岡新聞(静岡)」のみならず、「伊豆新聞(伊東)」と「熱海新聞(熱海)」もクリッピング対象となる。広大な土地を誇る北海道だと、「北海道新聞(札幌)」、「函館新聞(函館)」、「室蘭民報(室蘭)」、「釧路新聞(釧路)」、「十勝毎日新聞(帯広)」、「苫小牧民報(苫小牧)」と6紙もの地方紙が、内外切抜通信社に届く。

 さらに、これをすべて人が読んでいる。内外切抜通信社の従業員が1日に読むページ数は、平均しておよそ2万ページになる。なぜ、この時代にデータベース化や検索に頼らず、アナログな人力作業にこだわるのか。それは、コンピュータが到達不可能な領域に、人間が達しているからにほかならない。

地元紙から探した「ご当地グルメ」

 「郷土料理やご当地グルメに関する記事を集めてください」。

 地方紙×人力クリッピング。これがいかなる結果をもたらすか知るために、我々がスタッフに出したオーダーだ。スタッフは、各々が担当する地方紙を隅々まで読み、上記に該当する記事に印をつける。次の工程で記事が切り抜かれ、媒体名と掲載日がわかる形で記事が集積されていく。

 2月21日にクリッピングを開始し、1ヶ月間で集まったのは226記事だった。その内容は多岐にわたる。地元の飲食店が地域の特産物を使ったメニューを開発した話や、郷土料理を広めようと奮闘する人びとにフォーカスした記事、地元食材のレシピコンテストの結果発表……。全国紙では読めず、かつ検索では見つけられない記事ばかりがそこにはあった。

 地方紙を担当するスタッフは語る。

 「縁もゆかりも無いのに担当の地方が好きになってしまいます。その年の甲子園で応援してしまったり。ちなみに、沖縄の新聞には方言で書かれたページがあるのですが、まったく解読できないものの真剣に読んではいます(笑)」

 そして、広告制作スタッフの目に止まったのが「うどん」だった。

 内外切抜通信社はあらゆるメディアのクリッピングを手がけている、と前段に書いた。それはSNSも例外ではない。特に、一般人が活発に投稿をおこなうTwitterは、従来のクリッピングでは拾えなかった人びとの「生の声」に多数触れることができる。さらにデータ数が多いために分析をしやすい利点もあり、内外切抜通信社はTwitterを、クリッピングの将来を拓く可能性のあるツールとみなしている。

「うどん県」。香川県だけじゃないTwitter

 先ほどの地方紙における「ご当地グルメ」関連記事を読み漁った結果、我々は、「うどん」に関わるものが地方問わず掲載されていることに気がついた。過去には香川県の地元紙・四国新聞が、重力波の初観測や円の急騰といった大ニュースを差し置き、「県内のうどんの価格上昇(かけうどんが平均232.5円から235.7円になったそうだ)」を1面トップで報じたこともあった。

 報道と、個人の意識はどれほど一致しているのだろうか。主だった「ご当地うどん」がTwitter上でどう語られているか比較することにした。Twitterの調査では、公開されているツイートを対象にキーワード検索をおこなう。今回、我々は下記7パターンのキーワードで調査をした。

・讃岐うどん OR さぬきうどん(香川県)
・稲庭うどん OR いなにわうどん(秋田県)
・水沢うどん OR みずさわうどん(群馬県)
・武蔵野うどん OR むさしのうどん(東京都・埼玉県)
・味噌煮込みうどん OR みそにこみうどん(愛知県)
・伊勢うどん OR いせうどん(三重県)
・博多うどん OR はかたうどん(福岡県)
・五島うどん OR ごとううどん(長崎県)

2017年3月1日~31日の1ヶ月間で、ツイート数は下記の通りだった。

・讃岐うどん OR さぬきうどん 18,002件
・稲庭うどん OR いなにわうどん 3,056件
・水沢うどん OR みずさわうどん 1,302件
・武蔵野うどん OR むさしのうどん 1,407件
・味噌煮込みうどん OR みそにこみうどん 15,171件
・伊勢うどん OR いせうどん 4,518件
・博多うどん OR はかたうどん 1,282件
・五島うどん OR ごとううどん 908件

 SNS上では人気のない五島うどんだが、新聞への露出は多く、地域として盛り上げようとする機運も感じられる。

 ツイート件数をグラフにした。

 「うどん県」こと香川県の讃岐うどんが独走するかと思いきや、名古屋名物の味噌煮込みうどんが健闘している。マスメディア上の露出に比べて、SNS上で言及される率の異様に高い味噌煮込みうどん。自動でツイートをするbotや際立った人気アカウントなどが見受けられるわけではなく、一般市民の生活に馴染んでいる様子が想像できる。

 ちなみに、日付別のツイート数は下記のとおり。

 3月28日の「讃岐うどん」が跳ねているのは、無料マンガアプリで讃岐うどんに関するマンガが公開され、読んだ人が連携したTwitterアカウントで続々と投稿したから。

 3月2日の「味噌煮込みうどん」は、人気韓国アイドルグループの動画を投稿するアカウントが、メンバーが味噌煮込みうどんを作ろうとする様子をツイートし、それをファンが拡散したもよう。

 内外切抜通信社のTwitter調査では、つぶやいたアカウントの影響力などからそのツイートの価値(=情報発信力)を割り出す「広告換算値」もわかるようになっている。下記がそのまとめだ。

 味噌煮込みうどんと讃岐うどんがほかのうどんと比べて飛びぬけている。有力なアカウントがより多く讃岐うどんについてつぶやいていることになる。味噌煮込みうどんが本当に、一般人から愛されている証し、とも言えるかもしれない。

 そして我々は、やけにツイートの延べフォロワー数が多い「ご当地うどん」を発見した。

 内外切抜通信社が創業し、78年のあいだ営業を続けてきた土地・東京のご当地うどん、「武蔵野うどん」だ。これは埼玉県在住の有力アカウント(いわゆるインフルエンサー)が連日、武蔵野うどん店を訪れてツイートしているために出た数値だが、このうどんに着目した我々は新たな調査を始めることになる。

 実は「武蔵野」の一部である埼玉県は、うどんの生産量が全国2位(もちろん1位は香川県)。このうどんに身を投じることで、何か得られるものがあるかもしれない、と考えた。

(内山菜生子)

この記事は2017年4月に毎日新聞のサイトに掲載したものを再録しております。 内容、経歴などは掲載当時の情報となります。