
1890年(明治23年)3月1日に日本で初めてのクリッピング会社「日本諸新聞切抜通信」が発足しました。
それを記念して毎年3月1日は「切抜の日」として登録されています。
切り抜き会社の歴史
- 1879年(明治12年)
- フランス(パリ)で世界最初の切り抜き会社「argus」発足
- 1888年(明治21年)
- アメリカで切り抜き会社「Burrelles」発足
- 1890年(明治23年)
- 「日本諸新聞切抜通信」発足(3月1日)
内務省から欧州に派遣された山縣有朋が滞在中に切抜会社を利用し、日本での創業を促したと言われている
その後「愛国切抜」「時事通信切抜通信部」「帝国切抜通信社(大阪)」などの切り抜き会社が設立される
- 1939年(昭和14年)
- 「ざつなう社海外研究会」(「内外切抜通信社」の前身)発足
竹中庄三氏が、当時勤務していた企業で切抜を利用したのをヒントに、同僚の日系2世から米国のクリッピング方法を教わり、業務開始
翌年、社名を「国際切抜社」に変更、戦争の激化により1942年廃業
- 1952年(昭和27年)
- 「ユニバーサル通信社」発足(東京・京橋第一生命別館内)
竹中庄三氏と八木長人氏がマスコミ各社の支援を得て設立
- 1953年(昭和28年)
- 「FIBEP(国際切抜会社連盟)」設立
- 1957年(昭和32年)
- 「パンアジア通信社」発足
「ユニバーサル通信社」の竹中庄三氏が独立して設立
- 1958年(昭和33年)
- 「岩本通信社」「BK通信社」発足
- 1968年(昭和43年)
「内外切抜通信社」発足
「パンアジア通信社」が「内外切抜通信社」となる
「プレスリサーチ社」「セントラルサービス社」発足
「ユニバーサル通信社」の奥田氏が「プレスリサーチ社」、川野氏が「セントラルサービス社」を設立。
- 1972年(昭和47年)
- 内外切抜通信社が毎日新聞社と業務提携
- 1976年(昭和51年)
- 「内外切抜通信社」が「セントラルサービス社」と合併
- 1977年(昭和52年)
- 「ユニバーサル通信社」倒産
「ジャパン通信社」発足
- 1985年(昭和60年)
- 「デスクワン」発足
- 1986年(昭和61年)
- 「エレクトロニック・ライブラリー(EL)」発足
電通と有力新聞各社が設立。新聞記事をデータベース化。
- 1991年(平成3年)
- 「富士通エフ・ピー・アイ(後のGサーチ)」サービス開始
- 1994年(平成6年)
デスクワンが業界にさきがけ、広告換算サービスを開始
「内外切抜通信社」が「岩本通信社」の業務を引き継ぐ
- 1995年(平成7年)
- 内外切抜通信社が広告換算業務を開始
- 1997年(平成9年)
- 日経テレコン21サービス開始
- 2009年(平成21年)
- 内外切抜通信社がWEBニュースクリッピング業務を開始
- 2012年(平成24年)
内外切抜通信社がTwitterクリッピング業務を開始
「プレスリサーチ社」が「メディアアイズ」に業務移管
――以上、内外切抜通信社調べ
「一に時勢を知り二に自己の名誉信用を維持する、此社会に業を営む人々の須更も怠る可からざる所ならん、時勢を知ると信用を維持するの機関、即ち新聞紙にして一日新聞紙を讀ざれば一日の時勢に後れ又一たび新聞紙に我名誉を損するの記事を載らるれば直に夫だけの信用を失ふ、故に新聞紙を閲読するは何人も必要とする所なり。(中略)切抜の通信に拠りて必要の事件を知り、時勢に遅れざるを得、又自己の信用を維持するを得る」
明治23年(1890年)3月1日、日本で最初のクリッピング会社である日本諸新聞切抜通信が設立されました。設立の際につくられた趣意書には上記の文言があります。
100年以上前、当時の人々は人間が実際に新聞や雑誌を読んで調査を行っていました。100年以上経った今も、人間が実際に新聞や雑誌を読んで調査を行っています。なぜならば、人間で行うことでしか到達し得ない質と量を獲得するためです。
内外切抜通信社を支えるのは、人間の力です。私たちは人間の力を活用するノウハウを、他の分析業務にも応用することで、業務を発展させてきました。
日本初のクリッピング会社である日本諸新聞切抜通信が設立されてから100年以上の時が流れ、テレビやインターネットといった新しいメディアが登場しても、私たちが目指すところは日本最初のクリッピング会社と変わりません。100年後も私たちは、人間の力を活用し、世間に溢れる情報を収集・分析することにより、世の中の動きを知り、信用を維持するためのお手伝いをする企業として活躍していると確信しています。